地気食学vol.01 |富士山と共に生き、うどんと糸で編み出した「山梨/富士吉田市」_吉田のうどん編(下)

 

自然風土から編み出した「硬」食文化 吉田のうどん

 

ここまで多くの吉田のうどん文化について語ってきましたが、なぜこのような特別な食文化になったのか?なぜ富士吉田市から始まったのか?

機織り業を営んでいる方から話を聞いたところ

この一帯は気温が低く土壌が農業には向いていないため、江戸末期から機織りを地場産業とし発展し、多くの家が蚕を養殖したり、糸を作ったり、生地を織ったりして生計を立てていました。

 

機織り業は女性がメインの仕事で、繊細なシルクを荒れた手で傷めないように。。と仕事を女性。料理や皿洗い、洗濯などの家事を男性がしていたそうです。これは日本の伝統的なイメージ(男性は仕事、女性は家事)と大きく異なり驚きました。(ただ男性は織った生地を外に持って行き販売するという仕事をしていたそうです。これを行商と言います。)

 

 

しかしなんでこんなに硬いの?

 

機織り作業に忙しい女性に腹持ちのいいうどんを・・と男性が力を入れて過ぎてうどんを打ったため、日本最硬、歯ごたえ抜群のソウルフード「吉田のうどん」が誕生したそうです。

作られた食ではなく、自然の風土や生活が食に結びつきソウルフードとなった。という意味では台湾のルーロー飯や香港のスープと近いのではないでしょうか?

 

 

地元の若者たちの力。高校生が「うどん部」を運営

 

うどんに関して若者たちの面白い動きを紹介します。

「ひばりヶ丘高校」の高校生が地元を盛り上げるためうどん部を結成しています。

企業からのサポートもあり、毎週日曜日に地元のスーパー「セルバ本店」にて高校生が自分たちで開発したうどんを販売しています。

今回セルバの桑原さんが実際に売り場を案内をしてくださいました。残念ながら案内頂いた日が日曜日ではなく販売はしていなかったのですが、次回は必ず日曜日に食べに行きたいです。


 

より多くの方に吉田のうどんの美味しさを知ってもらうために、部員が休みを使って自分たちで食べ歩いた情報やコメントなどを載せたフリーマガジンも作成しているそうです。

 

 

部員たちが開発した商品は斬新すぎて地元の人に受け入れてもらうにはちょっと時間がかかったようですが、努力の結果、自分たちならではのうどんを世の中に出すことができたそうです。ちなみにこれは顎が砕けるくらいの硬い吉田のうどんを体験してもらいたいという思いで開発した商品で、地元で購入することができます。

 

 

 ここまで紹介してきた「地気食カルチャー」の取材ですが、少しでも吉田のうどんを今度食べてみようと思っていただけましたか?

 

 

 富士吉田市は河口湖駅の一つ手前「富士山駅」にあります。富士登山や河口湖で美しい風景を見に行く途中に通る機会もあったかと思いますが、今度はぜひ立ち寄って、富士山北麓の食文化を味わってみてください。

 

 

また吉田のうどんの食文化以外に、当時この辺り一帯で栄えていた機織りについて体験したことを次回詳しく紹介いたします。乞うご期待。


Breathe TOKYO 
Kiwi 

(待續)

BACK TO TOP